耳が聞こえない人の生活とその人との接し方を体験談から考える

今回紹介するのは、感音性難聴の夫を持つ妻が悩んでいる体験談です。

難聴というものは、その本人も気持ちが分かってもらえず、悩みが多いですが、その周りの家族なども悩みが尽きないものです。

かくいう私も突発性難聴を患っており、その気持ちは痛いほど分かります。

もちろん難聴の度合いにもよるのでしょうが、私は毎日家族と楽しい生活を送っています。

今回の体験談でも、妻の悲痛な悩みが伝わってきますが、そんな体験談から、耳が聞こえない人の生活と、その人との接し方を考えてみたいと思います。

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感音性難聴の旦那との悩み

私の悩みは夫婦の会話がうまくできない悩みです。

夫は「感音性難聴」と診断されました。それまでも耳が遠くなったとは思っていたのですが、会話ができないほどではなかったのです。

この2年くらいで急に悪くなった気がします。そして、こちらの話を聞こうとしなくなったのです。

耳が聞こえないとひがみっぽくなり、扱いにくくて仕方がありません。

また、耳が聞こえないと認知症になる確率が高いと聞き、おそれています。悩んでいても解決しないのでいいと思ったことを実行に移しています。

どれだけ方々の病院に行ったことでしょうか。近くの耳鼻咽喉科はもちろん、県内のほとんどの総合病院も県外までも行きました。

テレビのように正確に、納得のいくように説明してくれるドクターはいないものかと思ったものです。

ある病院では「鼓膜が癒着している」と言われ、別の病院では「鼓膜が倒れている」と言われ、また「小さい頃の中耳炎の後遺症」など診断結果はバラバラでした。

あちこち病院を探す夫を見て、その時は普通の難聴と思っていたので、「どうして耳が遠いのは加齢によるもの」と受け入れられないのか不思議にさえ思っていました。

「補聴器をつければいいのに」とも思いました。でも、夫は聞こえ方が違うのを感じていたのでしょう。そのうちに、夫は「大きい声で言っても聞こえると言うのではない」と意味不明なことを言い始めたのです。

ついつい会話は減っていくし、聞こえていると思ったことが聞こえていなかったり、すれ違いでもめ事が多くなりました。

私はついに、インターネットのランキングで調べ、最後の砦、大阪の総合病院に行くことを勧めました。

今までの検査は音が聞こえるかどうかだけでしたが、その病院は言葉が判別できるかの検査があったそうです。

そして言葉が理解できていないことがわかり、「感音性難聴」と診断されたのです。

それで聞こえると言うわけではありませんが、普通の難聴ではなく、夫には話の内容が理解できていなかったことがわかりました。

手術もできないし、補聴器も役に立たなかったのです。コミュニケーションは私が「ゆっくり小さい声で話すこと」らしいですが、イライラが先に立ってうまくいかない毎日です。

夫婦というのは、長い間の付き合いで、本当は以心伝心で通じ合えばいいのですが、いつも仲良しどころか、相手の耳が遠いとなると余計にいらだって必要以上に大声を出してしまいます。反省はするのですが。

そこで、二人が気分よく過ごすためにお互いの趣味を楽しもうということになりました。

夫はゴルフ、習字、畑仕事です。音の無いところが、心が落ち着くようです。

私はハンドベル、友達とのランチやおしゃべりです。以前は二人で映画を観に行きましたが、映画館の大音響はもはや我慢できないらしいです。ですので映画は私一人で行くようにしています。

そして会話は筆談にしました。

夫まで筆談するので「私は聞こえるから話していいよ」と笑ったりすることも出てきました。お互いを思いやって気持ちよく過ごしたいと思っています。できるだけ。

冒頭にも述べましたが、耳が聞こえないというのは、周りの人には絶対に理解されない悩みだと思います。

会話が成り立たないというのは、思っている以上に人間関係を難しくします。

聞こえない側にしてみれば、聞こえないの分かってるんだからもっと工夫しろよ!や、周りの人にしてみれば、これならもっと聞こえる努力をしろよ!とかみ合うわけがない状況になっています。

この問題を完全に解決するというのは、実は不可能に近いとは思います。しかし、そんな人たちの生活をスムーズに送る方法はあるのです。

このように、耳が聞こえない人と、それが理解できない人との絶対的な問題は、そのことによって、お互いにストレスを抱えているという事です。

そのことに不満を感じるからこそ、お互いにストレスが蓄積されていくのですね。

簡単にストレスを溜めないような生活というのは、難しい事かもしれませんが、そういう生活を送らない限りうまく行くことはありません。

体験談でもある通り、筆談にする、お互いの趣味を大事にするといった、当たり前の対処法が絶対的にうまくいく方法なのです。

まず、筆談ですが、当たり前ですがお互いの聞こえない・聞いてくれないというストレスが解消されます。

書くという手間はかかりますが、お互いのストレスが溜まるよりは全然マシです。

そしてお互いの趣味を大事にするということは、あまりその事を重く考えないようにするという意味でもあります。

この事がとても重要で、どんな問題でもそうですが、ある問題に固執過ぎると益々ストレスは溜まっていきます。

解決できない問題ならば、考えない方が全然マシなのです。世の中には解決できない問題はたくさんあります。

解決できない問題に固執しすぎても、ストレスが溜まるだけなのです。

世の中には、がんになっても明るく生き続ける人がいます。それを無理しているという人もいるでしょうが、私はそうは思いません。

生きている上で降りかかる災難を受け入れて(諦めて)、解決できないのならばその上で自分の人生を全うするしかないのです。

極論ですが、人生とはそんなものです。何があってもそれぐらいに捕えれば、楽しく生きていく道は絶対にあるはずです。

私も片耳が聞こえませんが、聞こえないときは、イライラせずにちゃんと聞き返し、そして相手にストレスがないように聞き返す努力はしています。

でもそれは決して無理しているわけではなく、自分自身が楽しい時間を過ごしたいからそうしているだけなのです。

私の場合は、変わらずたくさん会話をしていますが、別に無理に会話を多くする必要はありません。

要は、会話が少なくなったとしても、お互いが楽しい人生を歩んでくれればという、お互いの気遣いが二人の生活をよりよくしてくれます。

イライラしても絶対に良い事なんてありません。それならば、それを踏まえた上での、自分の楽しい人生というものを考えていきましょう。

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